ナイフセット

僕は外国に行くと、どこに行くよりもまず先に市場やキッチン用品店、雑貨屋を見に行くんです。このナイフセットは15、16年前に、フランスで買ったものです。その頃は、パリのレアールに市場があって、珍しい雑貨や変わったキッチン用品がいろいろと売られていたんです。そういうものを集めるのが大好きなので、今では100点以上の雑貨を持っています。申し訳ありませんが、品物が沢山ありすぎて、このナイフセットの値段は全然覚えていません。でもそんなに高いものではなかったと思います。ブランド品ではないですからね。僕は子供の頃から母親の手伝いをしていたので、料理をするのが大好きなんです。だからついつい海外で衝動買いしてしまうものも、キッチン用品が多いですね。これもそんなひとつで一目で買うのを決めました。友人には「よくこんな重いものを持って帰るね」と言われますが、僕にしてみればこれは軽いほうですね。石でできている、すり鉢を持って帰ってきたこともあります。でも買うときは、重いとか大きいというのは問題じゃないんです。その頃日本には庖丁のセットでこんなに洒落たものはありませんでした。いいなあと思うと、どうしても手に入れたくなりますからね。実は、料理をするときは、和庖丁のとてもいいのを使っているんです。それも普段料理人の方に研いでいただいているので、切れ昧も抜群ですから、多分庖丁でそれ以上使い勝手のいいものはないだろうと思っています。その和庖丁とこのナイフセットの刃を比べてみれば、どちらがよく切れるかというのは一目瞭然ですよ。でも男にとってというか、僕にとって料理をすることは、遊びの一種なんです。だからその遊びを一層楽しくしてくれる道具というのが必要なんです。たとえ一年に一回しか使わない道具でも、ユーモラスなものや、便利なもの、長く使い続けられるものというのは日用品だと思います。そういうものが、料理をするときに気分を盛り上げてくれたり、おいしいものを作ろうという気持ちにさせてくれるんです。だから極端な話ですが、僕はこれに刃が付いていなくても買ってきましたよ。見た瞬間に、これはおもしろいと思いましたから。買ってきて使ってみたら、やっぱり予想していた通り、以前から使っていた和庖丁のほうがよく切れました(笑)。だから正直いって、料理のときにそんなに使っている訳ではありません,このナイフセットを買うときに、実用的な面で気に入っていたのは、庖丁の研ぎ棒がセットになっていることです。この研ぎ棒だけは、手軽だし使いやすいのでよく利用しています。利用頻度が一番高いですね。ほかの庖丁を研ぐときも使いますから。庖丁としての使い道からは外れてしまいますが、ホームパーティをするときにリビングとキッチンの境に置いて、キッチンを隠す目隠し代わりにも使います。これは結構大きいので、インテリアではないけれど、キッチンに置いておけば使っていなくても違和感もありませんからね。それにお客様の目の届く所に置いてあると、どこで買ったのかとか、料理を作るときの話とか、何かと話の種にもなるんですよ。庖丁だけでも全部で20種以上持っていますね。それこそ何でもない出刃庖丁のようなものから、マンゴー用とかグレープフルーツ用なんていうのもあります。値段も高いものから安いものまで様々だけれども、料理をするときに楽しくなるような、おもしろいものが多いですね。でも実際に使うものばかりですよ。僕の買物は、見るためのものではなくて実用品ばかりなんです。

光文社
CLASSY. 1993年12月号
P154 外国で買うなら日用品が面白い[12] 石津謙介さんおナイフセット
(文章写真共出典)