鯛の鯛

「僕の宝物」という宝物の二文字がどうにも気になりだした。そして、宝物といえば私には随分昔から収集している宝物がある事を思い出した。
 私が数十年かけて収集しているものは"骨"である。もちろん人間の骨ではない。収集品は身近にある骨ばかりである。 どうしてこんな物を大事そうにとっておくのか、と自分でも不思議に思う事もあるが、とにかく私のコレクションの中から、私が、宝物のように大切にしている「三種の骨」をご紹介しよう。
 まず、第一は日本人が一番大切にする日本の名魚・鯛である。何かあればお祝いに鯛は付き物。北海道に行くと鯛よりも鮭かもしれないが。 私の宝物はこの鯛の胸鰭の所にある鯛のタイと呼ばれる骨である。いつだったか、京都の友人に、あの有名な祇園に連れられた。見事なサクラ鯛の御馳走を食べていたら、中から美しいタイが現れた。隣に座っていた舞妓さんがこんなことを言って私を褒めてくれた。 「こんなに見事に鯛のタイを見せていただいたお客さんは初めてどす」 鯛と名の付く魚には、全部この鯛のタイがある(マグロならマグロのマグロと呼ふのだろうか?)。その夜料理されて出てきた鯛にもちやんと付いていた。それを壊さないで外すというのが秘訣である。胸鰭を壊さないように取るのは、なかなかの技術がいるというわけだ。
 「鯛のタイ」を集める由来は、この祇園の美しい人たちが教えてくれた。彼女たちはこの骨を欲しがった。で、私が追求すると、ちょっと照れて、「お金が貯まるんどす」と言って、早々財布のようなものの中にしまっていた。それで、私もこれこそ宝物かもしれないなと、以来、大事に貯めているのだが。もうかれこれ五十匹分以上集めているだろうか。
 さて、二つ目は、京都の冬の名物「スッポン」である。この亀君を煮た汁がうまい。ところが、このスッポン汁の中には肝心の頭は見当たらない。私はあらかじめ板場に頼んで、スッポンの頭蓋骨を残してもらっていて大切に持ち帰る。これを持っていると不思議なことに幾らでも食が進む。食当たりしないというし、これも私の宝物の一つだ。
最後の三つ目も面白い。イタリア料理の中にあるオーソブッコと呼ばれる物。子牛の脚を煮込んだ料理だ。ブック切りで入っているから、食べ終わったときには脚の骨がゴロリと出てくる。これを二、三個集めてナプキン立てに利用する。どこか、生活的な味わいが感じられて、料理もおいしく感じる。これも面白いと思う私だけの自慢の道具となった。
 あっけないものばかりだし、値打ちとは縁のない物や、タダで貰ったものばかりで申し訳ないが、私にとっての宝物とは案外こんな物ばかりである。

株式会社経済界
1998年7月号 蘇る! 
P32「僕の宝物図鑑/第13回 骨のコレクション」より
(文章写真共出典)