モンブランの万年筆
 

インターネットのホームページを持ちながら、やっぱり使い馴れた万年ペンを放すことの出来ない頑固な自分自身を、時々、不思議に思うことがある。「新しい機械好き」の自分がどうして骨董品みたいな万年ペン「モンブラン」に執着するのか、やっぱり年のせいかなと反省したり、逆に今更のように得意になったり。「ファッション」という言葉がある。これを考えてみても、今の世の中が急激に変わりつつあるのをしみじみと感じる。というのは、今迄の「ファッション」といえば「新しいもの」「珍しいもの」というのが理由だったらしい。そんな子供じみたことは若い連中にまかせておけばよい。今やファッションという言葉は「新しさ」「格好よさ」という時代は終わって、むしろ「クラシック」「オーセンティック」、即ち、「古くから続いているもの」「本物といわれるもの」によさを発見する。そんな「あまの邪鬼」が増えつつあるのに気がつく。 何でも英語、横文字を使えば格好いいとか、とにかく西洋風に振舞えば洒落ているとか、そんな明治維新のホヤホヤみたいな現象に私は反感を待つのである。長年、ファッション界に居た小生など、未だかつて味わったことのない変化、いや革命に近い椿事に気がつく。飾り立てるのが盛装であり、服装にカネをかけるのが礼儀であり、今やお洒落であった時代は全く通りすぎようとしている。今一番格好いいのは「普段着のおしゃれ」であり、お洒落のやり方もいかに飾り立てからの脱出ができるか、である。今までに猛威をふるったお役人や政治家、官僚、株屋にいたっては………何をかいわんや。人間で一番大切なのは、「普段のライフスタイル」じゃなかろうか。だからこそ、私は無言で、すべての意志表示を、鉛筆か万年ペンですませる。そして急いだ時などは、字を書く場所などにはこだわらないで、公園の中のベンチに腰をおろし、原稿用紙を紙ばさみでボール紙にはさんで持ち歩いて、万年ペンのお世話になる。午前中にはお客の少ない、お馴染みの静かなコーヒー館で。また、そこのコーヒーのうまいこと。何故、そんなに万年ペンにこだわるのか? と問われたこともある。いつも同じ活字風の字を使っていたのでは、文章がついて来ない。独りぼっちの淋しい時に書いた字もいい。ガールフレンドと二人だけで、然るべき話題を語り合いながら、いつまでも書き続けているところへ、気を利かせて「三杯目ですよ」とコーヒーショップのおやじがやさしい声で運んで来てくれる。話が楽しいと字も温かそうだ。だから万年ペンは大切なのである。人間はこんな時一番嬉しいのではなかろうか。この万年ペンは私が持っている筆記用具の中で一番永持ちし、大切にしている「宝物」なのである。

株式会社経済界
1998年5月号 蘇る!
P76「僕の宝物図鑑/第11回 モンブランの万年ペン」より
(文章写真共出典)